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奈良地方裁判所 昭和29年(行)2号 判決 1955年6月30日

原告 田中楢次郎

補助参加人 日生ゴム株式会社

被告 葛城税務署長

主文

原告の請求は何れも之を棄却する。

訴訟費用中参加によつて生じた部分は参加人の負担としその余は原告の負担とする。

事実

原告並びに参加人訴訟代理人は被告が原告に対してなした昭和二十四年度相続税金十四万二千六百四十円の賦課処分の無効であることを確認する。被告が原告名義にかゝる大和高田局二百七十二番の電話加入権に対し昭和二十八年六月二十九日なした差押処分、並びに昭和二十九年一月二十日なした公売処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求原因として

一、被告は原告に対し昭和二十五年八月十日附で昭和二十四年度相続税を金十四万二千六百四十円として納税告知書を送達して右相続税を賦課して来た、然し原告は右相続税を賦課される謂れがないのでその頃その旨被告に対し口頭を以つて異議申立をなしたがその後三年余を経過した昭和二十八年六月二十九日に至り被告は突然右相続税に対する滞納処分として原告名義にかゝる大和高田局二百七十二番の電話加入権を差押へた。よつて原告は之に対しても右同様異議申立をなしたが更に昭和二十九年一月二十日に至り被告は原告に対し突然同年二月四日までに右相続税を納付しなければ右差押にかゝる電話加入権を公売に付すべき旨通知して来た。然し原告は被告に対し右相続税を賦課される謂れのない旨重ねて強調し公売執行の猶予方を求めた結果公売は一時その続行を見合された。

二、さり乍ら本件相続税賦課処分は左の事由により無効である。即ち

(一)  原告は前述の加く被告に対し昭和二十五年八月十日附本件賦課処分に付き其頃口頭を以つて異議申立をしたものであるがその際被告は前記納税告知書を破棄し以つて本件賦課処分を取消し若しくは之を撤回したものである。

仮に本件賦課処分が取消し若しくは撤回されたものでないとしても

(二)  原告は本件賦課処分に付いては前述の如く納税告知書を受取つたことはあるが相続税決定通知書の送達を受けたことはない。即ち本件賦課処分は相続税法所定の通知を欠くものである。

(三)  昭和二十五年八月以前に於て遺産相続の事実はない。

(四)  原告は昭和二十四年三月末原告の長男訴外田中繁美、次男訴外田中茂、及び長女訴外田中弘子に近畿日本鉄道株式会社株式(以下単に近鉄株と略称する)を八百株宛計二千四百株を売渡したことはあるが之を贈与したことはない。

(五)  仮に右株式を贈与したものとしても受贈者たる右訴外人等が贈与税の納付義務者になるのならば格別、贈与者たる原告がその納付義務者になるものではない。

三、以上の通り本件賦課処分は違法無効のものであるから之に基く前記電話加入権に対する本件滞納処分も亦違法のものと言うべきである。

よつて本件相続税賦課処分に付いてはその無効確認を、滞納処分に付いてはその取消を求めるため本訴請求に及んだ。被告の答弁に対し原告は本件賦課処分に対し審査請求をしていないが行政処分の無効確認を訴求するに所謂訴願前置の制限はない。右訴外田中繁美、同田中茂が株主名義人となつている日生ゴム株式会社株式は五百株宛である。

参加事由として前記電話機は肩書原告の住所に所在する参加人日生ゴム株式会社の事務所内に設置され参加人会社の代表取締役は原告である関係上参加人会社は原告から無償で之を使用させて貰つており、而も参加人会社には他に使用しうべき電話機はなく従つて参加人会社は原告の本件滞納処分の取消を求める訴訟の結果に付き利害関係を有するものであるから茲に本訴に参加し原告を補助せんとするものであると述べた。(立証省略)

被告訴訟並びに指定代理人は本案前の答弁として原告の訴は何れも之を却下する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、其の理由として原告主張の相続税賦課処分には無効原因たるべき何等の瑕疵もないのであるから右賦課処分に不服ある場合にも単にその違法を主張して之が取消又は変更を求める訴を提起しうるに過ぎない。而してかゝる場合には相続税法所定の所謂訴願手続(審査請求)を経た上之をなすべきであるが原告はかゝる手続を懈怠し、従つて出訴することが出来ないため名を無効確認に藉りて本訴に及んだものであつて本訴はこの点に於ても不適法であり到底却下を免れない。次に本件滞納処分の取消を求める訴に付いても右同様国税徴収法所定の訴願手続(再調査、審査請求等)を経た後之を提起すべきであるのに原告はかゝる手続を履践せず本訴に及んだものであつてこれ又訴訟要件を欠く不適法なものとして却下さるべきである。本案に付き主文第一項同旨及び訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として

一、請求原因事実中被告が原告に対し昭和二十五年八月十日附で相続税金十四万二千六百四十円を賦課したこと、その後その滞納処分として電話加入権を差押へ、更に之を公売に付さうとしたことは認めるがその余の事実は之を争ふ。

二、(一) 被告は原告に対し原告主張の納税告知書と共に本件相続税決定通知書をも同封送達したものである。

(二) 被告の原告に対する昭和二十四年度相続税(本件では贈与税である)の課税対象は原告が訴外田中繁美に対して贈与した近鉄旧株千株(単価金百円)の購入資金及び日生ゴム株式会社設立引受株式(以下単に日生ゴム株と略称する)千株の払込資金五万円、訴外田中茂に対して贈与した近鉄旧株千株(単価金百円)及び同新株八百株の払込資金四万円、並びに日生ゴム株千株の払込資金五万円、訴外田中弘子に対して贈与した近鉄旧株千株(単価金百円)及び同新株八百株の払込資金四万円(以上財産価額合計金四十八万円)であり、同訴外人等は何れも右株式を取得したものであるがその当時同訴外人等には何等見るべき所得なく、原告と同居し、原告の扶養を受けていたもので到底自己資金で之を買入れる能力はないものと認められ、且つ原告が右近鉄新株及び日生ゴム株の株金払込をしているところから右述の如く財産贈与があつたものと認定したのである。

(三) 本件贈与税賦課処分に付いて適用さるべき相続税法(昭和二十二年四月三十日法律第八十七号)によれば贈与税の納付義務者は財産を贈与した個人であるから右贈与税の納付義務者は原告であつて受贈者たる前記訴外人等ではない。従つて本件賦課処分には原告主張の如き何等の瑕疵もなく、仮に瑕疵があるとしてもそれは明白且つ重大なものとは言えないから本件賦課処分は無効ではない。なお右訴外田中繁美、同田中茂は右日生ゴム株の株主であつてその単なる名義人ではないが所有株式が夫々五百株宛であることは争はないと述べた。(立証省略)

理由

先ず被告の本案前の答弁に付き按ずるに原告の本訴請求は被告が原告に対してなした本件相続税賦課処分の無効確認を求め且つ之を前提として其の執行処分の取消を求むるものであつて凡そ行政処分の無効確認訴訟を提起するに付いては行政処分の取消変更を求むる訴と異なり再調査或は審査請求等所謂訴願手続前置の制限は存しないものと解すべきであるからこの点に関する被告の主張は採用の限りではない。

そこで進んで本案に付いて審究するに被告が原告に対し昭和二十五年八月十日附で相続税金十四万二千六百四十円の賦課処分をしたこと、右賦課処分に付いては原告に対し納税告知書が送達されたこと、被告が右相続税の滞納処分として昭和二十八年六月二十九日原告名義の大和高田局二百七十二番の電話加入権を差押へ、更に昭和二十九年一月二十日原告に対し右電話加入権を公売に付すべき旨通知をなしたこと、訴外田中繁美、同田中茂、同田中弘子が各近鉄株八百株宛を取得したこと、訴外田中繁美、同田中茂が夫々日生ゴム株五百株宛の株主名義人であることは当事者間に争ひがない。しかるところ

一、原告は被告が右納税告知書を破棄し以つて本件相続税賦課処分を取消し若しくは撤回したと主張するがこれに副ふ原告本人訊問の結果は措信し難く他に右事実を認むるに足る証拠はない、かえつて証人今福三郎の証言によれば被告が右告知書を破棄したことは勿論其他右賦課処分を取消又は撤回した事実のないことを認定しうる。

二、原告は本件賦課処分に付いては被告から納税告知書を受取つたのみで決定通知書の送達は受けていないと主張するが証人今福三郎の証言によれば本件賦課処分当時葛城税務署に於て相続税(贈与税)課税事務は次の通り行はれていたものであることを認めうる。即ち同税課税価格決定決議が終了すれば直税課に於て右決定決議に基き相続税(贈与税)決定通知書を作成し、之を封筒に入れ総務課管理係へ回付し、同係に於て相続税(贈与税)納税告知書を作成して右封筒に同封し、次いで同課文書発送係に回付し同係に於て之を納税義務者宛に発送していたものである。

してみると右課税事務は一貫した流れ作業として機械的にそれ故に又確実になされていたものと言うことができる。従つて本件に於て原告主張の如く納税告知書が送達されていたものであれば決定通知書も亦同封して送達されたものと認めざるを得ない。原告本人訊問の結果中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

三、又原告は本件相続税の対象となるべき遺産相続の事実がないと言ふが本件賦課処分は相続税法に規定された財産贈与を対象とする贈与税の賦課処分であつて所謂相続税賦課処分でないこと明白であるから右主張は失当である。

四、次に被告主張の本件課税対象たる贈与財産中近鉄株八百株宛を夫々訴外田中茂、同田中弘子が取得したことは前述の如く当事者間に争ひがなく、証人今福三郎の証言により真正に成立したと認める乙第二号証、第三者作成にかゝるにより真正に成立したと認める乙第三乃至第六号証証人田中繁美、同田中茂の各証言及び原告本人訊問の結果の各一部によれば近鉄旧株千株宛を夫々右訴外人等三名が取得したものであることを認めうる。他に右認定を左右するに足る証拠はない。しかるところ原告は右株式は右訴外人等が自己資金で買入れたものであつて決して原告が同訴外人等に右株式そのもの乃至はその取得資金を贈与したものではないと主張する。さり乍ら成立に争ひのない乙第七乃至第十四号証、第八、第九、第十号証の各一弁論の全趣旨により真正に成立したと認める乙第十六号証、証人田中繁美、同田中茂の各証言及び原告本人訊問の結果の各一部並びに弁論の全趣旨を綜合して考えれば訴外田中繁美は原告の長男、訴外田中茂、同田中弘子は原告の次男長女で本件株式取得当時共に学生であり、以上何れも当時原告と生計を一にしてその扶養を受け、勿論見るべき所得とてなく、且つ所有財産も殆んどない状況にあり、一方原告には相当の所有財産のあつたことが窺はれ、而も前記乙第二号証、証人今福三郎の証言によれば右訴外人等が右株式を取得する際その資金は原告が之を支出しているのであつて、之等諸事情を綜合考察すれば同訴外人等の右株式の取得は何れも原告の同訴外人等に対する株式そのもの乃至はその取得資金の贈与によるものであることを認むるに充分である。証人田中繁美、同田中茂の各証言及び原告本人訊問の結果中右認定に反する部分は信用し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。従つて被告が原告に対し原告に贈与の事実があるものとして本件賦課処分をなしたことは正当であつて、この点に関する原告の主張も理由がない。而して原告の右訴外人等夫々に対する財産贈与が認められる以上その額に付いて本件賦課処分に瑕疵があるとしてもかくの如きは明白重大なものとは言えないからその救済は右処分の取消又は変更を求める訴によつてなされうるに止る。従つて原告主張の日生ゴム株に付いては右訴外田中繁美、同田中茂は何れも株主ではなく、単にその名義人たるに過ぎず、而もその株式数も千株宛ではなく五百株宛であるとの点も右取消又は変更を求める訴によつて争ふべきものであつて本訴の如き行政処分無効確認の訴の請求原因となすに足らないものと解すべきである。

五、最後に原告は本件贈与税の納付義務者は原告ではないと主張するが本件財産贈与に付いて適用さるべき当時の相続税法(昭和二十二年四月二十日法律第八十七号)第一条によれば納付義務者は財産を贈与した個人(贈与者)であるから右主張も失当である。

そうしてみると本件賦課処分無効確認請求はすべて理由がなく、従つて又本件賦課処分の無効であることを前提とする本件滞納処分の取消請求も理由がないから何れも失当として棄却すべきものとする。よつて訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条、第九十四条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 小林定雄 岸本五兵衛 鈴木弘)

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